天井桟敷からのBLOG
 
 折々の思いを 気の向くままに綴ります
 



002 まったくもって もう辟易 ・・・!

民主党への政権交代によるプラス効果については、民主党の議員構成から基本的に懐疑的であったが、交代が現実になった時点で、不覚にも幾ばくかの期待を抱いた。

しかしながら案の定というべきか、はたまた不幸にもというべきか、日を待たずして、期待した自身を冷ややかに笑うことに・・・。

民主党が、内政・外交、その全てにおいて、ど素人同然の無策・無能ぶりを見事に露呈してしまったのは、周知のとおりである。
しかも、その張本人の一人は、「トラスト ミー」「腹案」等々、裏打ちのないいい加減な言葉によって、日本国の威信と日本政府への内外の信頼を地に落としながら、臆面も無く大人ぶった言葉を発しながら脳天気に表舞台に立ち続けている。
まったくもって呆れかえるばかりである。

さてその後続者はというと、カリスマ性や厚みの片鱗も無い人物・・・。
代表選挙等で見せた、あの拳を忙しく降りながら勝利を喜ぶ異様とも思える姿には、思わず溜息さえ出た。
所詮直情的な小人に過ぎず、一国をまかすことができる資質ある大人ではない。

先般、古館ニュースキャスターの質問に答える小人を見た。
小人は、キャスターの質問に具体策、具体的道筋をなんら示すことなく、しゃかりきに抽象論、建前論を繰り返すばかりであった。
戦術も戦略もなんら感じられない長々とした弁明。
一国の総理としてどーんと構え、キャスターを唸らせる論をゆったりと展開するというような絵には程遠く、ただ器量のなさを国民の前に露呈するだけという情けない時間でしかなかった。
胡錦涛主席との会談に際して、メモに目を落としっぱなしで挨拶の言葉をも述べるのも、当然至極のことであろうと変に納得をしてしまう情況も実に悲しい。

キャスターとの遣り取りの中で、相も変わらず「最小不幸社会」が国家ビジョンだと言っていた。
「最小不幸社会」とは、「病気、貧困、失業といった不幸の原因をできる限り小さくする社会」ということのようである。
政治が、病気、貧困、失業の縮減に立ち向かうことは当然至極のことである。発展途上国ならばまだしも、今我が国においてはそうした言葉や看板ではなく、将来の見える具体策が必要なのである。
にもかかわらず、「最小で不幸な社会」ともとれるような未熟な造語を臆面もなく発する鈍感さと思い込みの激しさにも呆れかえる。
少なくとも、「最小不幸社会」という語からは、不幸が前面に出て、夢を感じることができない。勢いを感じることができない。当然に、よし向かっていこうという気持ちが湧かない。

私たちは、国民皆が一歩でも二歩でも今より幸せを感じることができる社会、ポジティブな社会、その再構築に向けて歩みたいのである。そのためにも政府がおこなおうとする具体的戦略・戦術を聞きたいのである。

国家存亡の折に党内抗争に明け暮れていてどうする。節操のない数合わせをしてどうする。
民主党は、国民の大多数が、社民党、国民新党、その他の小党には票を入れてはいないこと、つまり、その党是を支持していないことを毫も忘れてはならない。
選挙、民意を無視した所行をしてはならない。
もし現民意と異なる施策が必要なのであれば、語って語って語り尽くして、民意を創るがよい。
兎にも角にも、まっとうな政治が推し進められるようにしなければならない・・・。


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2011年1月11日(火)00:59 | トラックバック(0) | コメント(0) | 政治・社会 | 管理

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